(平成19年5月20日〜)

弓問屋と西川産業

 何かのお返しの形で頂いた、「西川の毛布」大阪西川と記された毛布があります。弓道とは全く関係のない話のように思われるかも知れませんが、もう暫くお待ち下さい。
 以前、江戸期に幕府御用弓師の指定を受け、全国的な弓問屋として有名な西川甚五郎をWebで検索しているときに、「西川産業」が数多くHitした事がありました。寝具等の販売で有名な「西川産業」と弓道とは全くの無縁のように思われたのですが、1566年(永禄九年)に近江で創業し、蚊帳の販売で大成功を納め、やがて全国的な弓問屋となっていった西川は、西川産業そのものだったのです。

 明治以前は、弓問屋が弓に必要な資材を買い集め、それを弓師に託して弓を製作させ、出来上がった弓を問屋が厳密な検査を行い、問屋が制作者の銘(焼印)を押して売り出していました。現在のシステムと違って、弓師は自身が製作した弓に自己の銘(焼印)を押す権利を有していなかったのです。その代わり、弓問屋は焼印を押した在銘の弓に対して全責任を持って、各藩に納めていました。
 浦上栄先生の著書「紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方」より。
 「問屋は、前記京都五条寺町上ル山形屋西川甚五郎と言い、東京では日本橋の西川、伴伝 その他四軒あった。維新後転業して、蚊帳、畳表を売っている。明治三十五年頃は日本橋の西川で売れ残りの弓を売っていた。当時の弓を著者も二、三張所持している。」

 と、その毛布を見るたびに、弓問屋西川の事をふと思い起こすのでした。

(参考文献及びWebSite)
紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方 遊戯社 浦上栄 著
西川産業 ホームページ
西川産業 歴史年表
西川躍動の軌跡-3.チャレンジ精神(発展の基礎、弓問屋を買収)


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